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千葉地方裁判所 昭和46年(ワ)216号 判決

原告 大野忠雄

右訴訟代理人弁護士 鎗田健剛

被告 大正海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 花井孝久

右訴訟代理人弁護士 大塚喜一

同 田中一誠

同 渡辺真次

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告の訴訟代理人は

「一、被告は原告に対し金二〇〇万八五八一円およびそのうち一八二万八五八一円に対する昭和四三年三月一四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求めた。

二、被告訴訟代理人は

「主文同旨」の判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、昭和四二年九月二八日、訴外真行寺美千代は被告とプリンス型自動車千五に五〇四六号(以下本件自動車という)につき、保険証券記載の被保険者を右真行寺とし、保険期間を同日から翌四三年九月二八日までとする自動車対人賠償責任保険契約を締結した。

右契約の内容については、被告の定めた自動車保険普通保険約款の定めるところによるものであるが、同約款第二章賠償責任条項は次のとおり規定されている。

第一条(当会社のてん補責任)

1  当会社は被保険者が下記各号の事由により法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を賠償責任条項および一般条項に従いてん補する責に任ずる。

(1) 保険証券記載の自動車の所有・使用または管理に起因して他人の生命または身体を害すること。

(2) 省略

2  省略

3  第一項にいう被保険者には、保険証券記載の被保険者(以下「記名被保険者」という。)のほか、記名被保険者の同居の親族で自動車を使用中の者および記名被保険者の承諾を得て自動車を使用中の者を含む。

二、訴外長谷川喜嗣は昭和四三年三月一三日午後八時一〇分頃千葉市富士見町九二番地先道路上に於いて前方注視義務を怠った過失により停止信号のため停止中の原告運転の自動車(千五い二三〇一)に右長谷川運転の本件自動車を追突させ、よって原告に対し頸部挫傷の傷害を負わせた。(本件事故という)

三、昭和四六年五月一四日千葉地方裁判所昭和四六年(ワ)第一三号損害賠償請求事件において右真行寺、訴外山場一夫及び訴外長谷川喜嗣は各自原告に対し本件事故に基づき原告が蒙った次項掲記の損害についての損害賠償責任の負担を命じられ、右判決はまもなく確定した。

四、(損害)≪省略≫

五、右真行寺は本件自動車を所有し、右山場は同女の弟であって右真行寺の承諾を得て本件自動車を管理使用し、右両名いずれも本件自動車の運行を支配しそれぞれ自己のため運行の用に供していたところ右山場は右真行寺の承諾を得たうえ事故当日の昭和四三年三月一三日正午ころ右長谷川に対し一時使用のため本件自動車の使用を許諾していたものである。

六、右真行寺は前記のとおり記名被保険者であり、右山場は同居の親族でかつ「記名被保険者である右真行寺の承諾を得て本件自動車を使用中の者」に、長谷川は右許諾運転者にそれぞれ該当し、いずれも被保険者である。

七、右真行寺、右山場及び右長谷川はいずれも無資力であり原告に対する前記損害賠償責任を履行し得ない状態にある。

八、よって原告は右真行寺、右山場、右長谷川に対する前記損害賠償請求権に基づき、被保険者たる右真行寺、右山場、右長谷川の被告に対する保険金請求権を代位行使し、被告に対し保険金二〇〇万八五八一円およびうち一八二万八五八一円に対する昭和四三年三月一四日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

第三、右に対する被告の答弁

一、原告主張の請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は認める。

三、同第三項の事実は認める。しかしこれは被告となった真行寺ほか二名全員欠席の欠席判決であり、真行寺と山場は姉弟、原告と山場とはともに訴外小湊鉄道株式会社タクシー部に勤務する親友であって、いわゆるなれあい訴訟であり、真行寺は本件自動車とは前項記載の関係しかなく、本件事故につき運行供用者責任はなかったものである。

四、≪省略≫

五、同第五項中山場が真行寺の弟であることは認めるがその余の事実は否認する。山場が本件自動車を訴外千葉トヨペット株式会社から買受け所有したもので、代金も同人が払ったものである。真行寺は名義を貸しただけで、同女は本件自動車を運行の用に供したことはない。長谷川は山場から本件自動車を買受けるための試運転のため、昭和四三年三月一〇日ころから引渡を受け、同人が管理し同人の敷地内に駐車し、通勤に使用中であった。

六、同第六項中、真行寺が記名被保険者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

許諾運転者とは、記名被保険者の事前の書面又は口頭による直接の承諾を要するが、長谷川はこれをうけていず、許諾運転者ではない。

七、同第七項の事実は否認する。

第四、被告の抗弁

かりに訴外真行寺に損害賠償義務があり、被告に保険金支払義務を生ぜしめるものがあるとすれば、次の抗弁を主張する。

一、被告と訴外真行寺との間に適用がある普通保険約款第三章一般条項第一一条第一項八号には「損害賠償責任に関する訴訟を提起しまたは提起されたときは、直ちに当会社に通知すること」とあるにもかかわらず、前記御庁に昭和四六年(ワ)第一三号損害賠償訴訟事件を昭和四六年一月一二日に提起され、同年五月一四日欠席判決言渡になるまでの間、何ら被告会社に通知しなかったから、被告は同条二項により免責される。

二、また、前記約款の同条第一項第七号には「あらかじめ当会社の承認を得ないで損害賠償責任の全部又は一部を承認しないこと」と定めているにもかかわらず、訴外真行寺は、裁判所への出頭義務を怠り、適切な防禦を講じなかったばかりか、被告会社の承諾も得ずに原告の請求金額を自白したものである。

そこで、同条第二項により、被告は相当と認めた範囲内において損害をてん補する責に任ずれば良いところ、前記諸般の理由により被告がてん補しなければならぬ部分は存しない。

第五、右に対する原告の答弁

一、抗弁第一項中、真行寺ほか二名が、被告に対し、訴訟を提起されたことを通知したかどうかの事実は知らない。

二、同第二項中真行寺が自白したとの点は否認する。

第六、原告の再抗弁

一、かりに右三名の者が右通知を怠ったとしても、原告は右訴訟において右三名の者のほか、被告をも被告としその旨訴状に記載したから、被告は当然右三名の者が訴を提起されたことを知っていた。したがって、右三名の者が通知をする必要はなく、右通知をしなかったことに正当な理由があった(右約款第三章第一一条第二項)というべく右は免責事由とならない。

二、被告は欠席判決を防止するため、真行寺らに指示できたのであり、これを放置して真行寺らが欠席判決の事態となったことはこれを被告が暗黙のうちに承認していたともいえる。

第七、右に対する被告の答弁

一、再抗弁第一項の主張は争う。主張の約款は保険会社ならびに賠償義務者らをして、十分な防禦をつくさせるための準備、協議のものである。したがって真行寺らは積極的に保険会社に対し通知をなすとともに、協議をなさなければならないものである。

二、同第二項の主張は争う。被告には真行寺らに指示すべき義務はない。

第八、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因第一ないし第三項の事実(保険契約の締結、事故の発生および右事故についての訴外人らに判決の言渡があり確定したこと)は当事者間に争いがない。しかして、≪証拠省略≫によると右判決はいわゆる欠席判決であり、訴外真行寺と訴外山場は運行供用者として訴外長谷川は不法行為者として、右負担を命ぜられたことが認められる。

ところで右保険契約に適用される自動車保険普通保険約款第二章賠償責任条項第一条一項一号には保険証券記載の自動車の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害することによって法律上の損害賠償責任を負担し、被る損害をてん補する旨、同条三項には被保険者とは保険証券記載の被保険者のほか、記名被保険者の同居の親族で使用中の者および記名被保険者の承諾をえて自動車を使用中の者を含むと規定され、真行寺が本件保険契約における記名被保険者であることは当事者間に争いがないところ、運行供用者としての責任は右第一条一項一号に該当するから一応保険契約における事故が発生したとみられる。

二、他方≪証拠省略≫によると右約款第三章一般条項第一一条第一項八号に「損害賠償責任に関する訴訟を……提起されたときは直ちに当会社に通知すること」と規定し、同条第二項によると「正当な理由なくして上記規定に違反したときは損害をてん補する責に任ぜず」と規定されていること、しかし、真行寺は本件自動車購入に名義を貸しただけで訴を提起されるまで被告と本件保険契約を結んだことをしらず、まして右条項の存在を知らず、被告に対し訴訟を提起された旨の通知をしなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右規定の設けられた趣旨は被告主張のように、通知することにより、さらに被告と協議する機会を作るためにあると考えられないことはないが、約款は被告がいわば一方的に作るもので顧客たる契約者らはこれに応ずるか否かの自由しかないものであって、その性質上顧客に有利に解すべきところ、右条項には協議すべしとか、積極的に通知せよとの文字はなく、しかも違反の結果が保険金の支払を免責させるという重大な結果をもたらすことからすれば、正当な事由というのは割に広く解すべきであると考えられる。しかして≪証拠省略≫によると、被告が共同被告として訴状に記載されていたため、通知する必要がないと思ったのでしなかったことが認められ、かかる場合は通知をしなかった正当な理由があるものというべきである。

三、また、≪証拠省略≫による前記約款同条第一項第七号には「あらかじめ当会社の承認を得ないで損害賠償責任の全部または一部を承認しないこと」とあり、同条第二項には「その場合には被告が損害賠償責任がないと認めた部分をそれぞれ控除して、てん補額を決定する」と規定されていることが認められる。

しかして真行寺が損害賠償責任を直接承認したと認めるべき証拠はないが、≪証拠省略≫によると、真行寺は原告から損害賠償請求の訴を提起されたが、これを放置して欠席判決を受け、しかも判決を受けてもこれを放置して確定させたことが認められ、しかも訴状と同時に答弁書を出すように催告し、これを出さないで欠席した場合には請求にかかる事実を自白したものとみなされる旨警告する答弁書催告状が送達されるものであり、万が一これが同封されていなかったとしても、はじめて訴状を受取った者ならば他の者に相談するなり、裁判所に出頭するのが普通であり、しかも出頭しないことに正当の理由があったとは認められないことからすると、右の被告の態度は被告の事前の承諾なく損害賠償責任を承認したものと評価せざるをえないというべきであり、右条項の適用があり被告が相当と認める範囲内で損害をてん補する責に任ずれば良いこととなる。

原告は、被告は真行寺らをして欠席判決にさせないようにすべきであったと主張するが、被告にかかる義務があると認めるべき証拠はなく、この点についての原告の主張は失当である。ただ被告の認定は恣意的になされてはならず、司法的審査により合理的と判断されるものでなければならない。

四、ところで被告の認定によると、真行寺は運行供用者としての責任を負担しないと主張するので判断する。

真行寺が山場一夫の姉であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、本件自動車は山場が真行寺の承諾のもとに訴外千葉トヨペット株式会社から同女の名義で買受け、代金も山場が支払い同人がこれを管理し通勤用として使用していたものであり、真行寺は運転免許すらなく、本件自動車を所有していないし、またこれの使用管理はしていなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実からすると、真行寺は本件自動車の運行供用者ではなく、したがって本件事故につき前掲約款第二章賠償責任条項第一条一項一号にいう法律上の損害賠償責任は負担せず、この点に関する被告の認定は相当というべきである。

五、次に原告は、山場一夫が記名被保険者たる真行寺と同居の親族であり、同人も本保険契約における被保険者であり、しかも同人は本件自動車の運行供用者として損害賠償責任を負担していると主張するので判断する。

≪証拠省略≫によると、本件事故当時山場一夫は真行寺の同居の親族であること、本件自動車は山場一夫が使用管理していたもので、この点につき真行寺は承諾していたものであるが本件事故当日同人は訴外長谷川喜嗣から、当日の夜までの約束で本件自動車を同人に貸したところ、同人が事故をおこしたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実からすると、山場は記名被保険者の同居の親族であり、かつその承諾をえたものであって、かつ同人は本件事故につき本件自動車の運行供用者としての責任があるものの、同人の使用中の事故とはいえないから、同人は被保険者としての資格はないといわねばならない。

六、さらに原告は長谷川喜嗣が記名被保険者である真行寺の承諾をえて自動車を使用中の者であると主張するところ、右承諾とは保険契約で被保険者を限定している性質上特定人に対する承諾に限定すべきところが右承諾のあったことを認めるべき証拠はない。

七、そうだとすると、真行寺については損害賠償責任を欠くということで、山場、長谷川については被保険者でないということにより、真行寺、山場、長谷川はいずれも被告に対し本件事故による保険金の支払を請求する権利はないといわざるをえない。

右の結果は実質上の保険契約者と考えられる山場について酷な結果とみられないこともないが、保険契約は第三者を被保険者とすることもできるのであるから実質上の保険契約者が記名被保険者を自己以外の者とした以上、右結果は自ら招いたものでやむをえないというべきである。また、車の所有者でなくても自己を被保険者として保険契約を締結することもできるのであるから、山場が自らを記名被保険者とすればよかったともいえよう。

八、以上の次第で、原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅田潤一)

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